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ギャンブルは誰のもの?

2012.06.27 Wed


 どうもどーも。今年度初のブログ更新を今回はやらせていただく温泉郷です。

 いきなり訳の分からない、文芸同好会において飛行機雲並みに遠い話題なタイトルを書きましたが、まあ御察しの通り、特にこれと言って深い考えを持っているわけではない。

 とにかくタイトル通りの話題を進めよう。

 ギャンブル。

 麻雀だとかパチンコだとかポーカーだとかチンチロだとかスロットだとか、おそらく数え上げたらキリがないほどの種類があるが、どれも共通して決まったルールがある。言うまでもなく、リスクが高いなら、リターンは高い。リスクが低いなら、リターンは低い。ということだ。

 どんな競技にだってルールはある。

 たとえば野球。

 たとえばボクシング。

 たとえば将棋。

 たとえばスキー。

 ルールがある。

 どうしてルールがあるか? それは参加者、競技者に理不尽なアドバンテージを発生させないためである。
 たとえば、野球には、プレイ参加者は一チーム九人とされ、ベンチの人数も限る、というルールがある。しかし、この場合のルールがもしなかったら、もしプレイ参加者の人数に制限がなかったら『人数を多く確保できたチーム』が圧倒的に有利になってしまう。つまり、財力という、一個人のみの努力、そして時間的猶予が許されない力によって、努力という力の振れ幅が零に等しくなってしまうのだ。

 だからこそ、ルールがある。

 参加者、競技者同士の努力の振れ幅を大きくするために。

 しかし。

 いくらルールで努力の振れ幅を大きくしたとしても、その努力の振れ幅を邪魔する要素は零にならない。
 その要素は様々にあるが、もっとも大きく占める要素は、その人間の資質……いや、努力の方向性とでもいうのだろうか。

 たとえば、野球を極めようとする人間がどれだけ打率を上げる為の努力をしても、体型が力士のような人間だったら、ピンチヒッター止まり。
 たとえば、ボクシングで世界チャンピオンを目指す人間がどれほどパンチ力を強くしても、野球選手のような左右の筋肉に偏りがあるなら、試合に勝てない。
 たとえば、将棋で優勝するためにどれほど思考力を鍛えても、熟練のボクサーみたく脳細胞が頭による外的暴力で少なくなっていたら勝てない。
 たとえば、相撲で大関を取ろうと押し出しの力を強くしても、棋士のような細い肉体では小結にもなれない。

 その競技をするには、するための素質、そして資質作りをしなければならない。

 では、ギャンブルに必要な素質、資質とは何だろうか?

 人類を二種類に分けるとしたら、貧乏人や金持ちという風に分けれるだろう。

 よくギャンブルは貧乏人の遊びという風潮があるが(温泉郷はそういうふうに聞いたことがある)、貧乏人は当然、金がなく、リターンが少ない。ギャンブルにおける勝ちと言うのは、持ち金よりもプラスにすること。しかし、ギャンブルでは勝ちの目よりも負けの目が多くなる。だから、貧乏人という立ち位置は、負けの道しかない。
 金持ちはどうだろうか。しかし、金持ちのやるギャンブルは、遊びである。持ちがねより少なくなろうとも、多くなろうとも、関係ない。野球をPS3でやるようなものだ。勝ち負けが存在しない競技では、やはり立ち位置的にはふさわしくない。

 そもそもギャンブルは、この世のどのような競技の中でも、誰に対しても平等な競技だ。

 なぜなら、ギャンブルで勝利するために必要な要素は、運、唯一つ。

 運というのは、名前が付き、未開地だろうが都市化が進んだ場所であろうが共通概念が存在するものの、しかしつまるところ科学的な実証のない、証明のしようのない、人間が勝手に存在させた『実在のない存在』である。

 つまり、努力も才能も左右されない、何もない唯の人間が競技に参加するのだ。

 貧乏人だろうが、金持ちだろうが、野球選手だろうがボクサーだろうが棋士だろうが大関だろうが、全てフラット。誰のもののフィールドではない。




 しかし現に、世の中にはパチプロという人種が存在する。彼ら(あるいは彼女ら)がはたしてどれほど勝っているのか、あるいは負けているのかは分からないが、パチプロと呼ばれているということは、パチンコというフィールドにふさわしい存在であるということは間違いない(あるいは、これも運と同じ実在しない存在なのかもしれないが、この場合はそれを仮定して話を進める)。他にも雀士や、賭け師と呼ばれる人がいる。

 どうしてその様な存在が認められているのだろうか?

 何もない状態で、フェアな領域で、その存在が特出できるのか?

 運は存在しない。非科学的な存在は現時点で物理的世界に何も影響を与えないと考える。

 そうすると、指摘できる前提は一つだけ。

 ギャンブルの勝利要素は、運だけではないということだ。

 そう、その大前提が間違い、勘違いだ。

 競技者の勘違い。

 純粋な運のみのゲームを作るには、どうすればいいだろうか?

 それは、シンプルであり、コンピューターが介在しない、イカサマの入る余地のないことが必須条件。

 ミステリーと同じ。もっとも解き難い密室を作るには、複雑怪奇ではなく、シンプルなだけの条件であること。開けれる鍵は一本だけ、窓の鍵は閉まっていて、部屋は内側からチェーンがかけられていて、死体は入口の隙間から銃器などの飛び道具で内側から殺せない位置にいる。さて犯人はどうやって中の人を殺したでしょうか?

 こんな感じにシンプルなほど、その仕組みを崩す細工の入る隙間は狭くなる。

 ギャンブルも同じだ。

 シンプルである程、人間の力が介入できる隙間も狭くなるのだ。

 チンチロなど、サイコロに細工がなければ、完全な確率の世界。

 逆に麻雀は、捨て牌、相手の手配から抜き取られる牌の種類と位置、表情、リーチをかけるタイミングなど、人の思考や意思がゲームを進める種類のギャンブルは、確率ではなく技術や経験がものを言う。
 もちろんその技術や経験を身につけるには、よく考え、適切に判断する思考が必要なのだ。

 ポーカー、ブラックジャックもそれだ。

 パチンコだってそうだ。店側がパチンコの当たる確率を設定すれば、勝つ確率は下がる。だが、店としては全く当たらない店だ、と噂が広まれば客は来なくなる。そのため、当たらないパチンコ台を設定すると同時に、当たる台も設定しなければならない。そしてその設定を見落とさず、台の性能や店の兆候、台の流れを研究し、考え尽くす思考と意思で勝ちを引き寄せる。店側の思考と、客の意思が確率を変える。

 人の思考と意思は、確率の世界を変動させる。

 本来ありはしない可能性を引き出す。

 ただの思考や、ただの意思ではない。

 確実たる完璧な思考と、確固たる強固な意思だ。何となく行けるという単純な思考ではなく、これでいけるだろうという曖昧な意思ではない。

 重箱の隅をつき切る理詰めに理詰めした思考。

 命という時間を平気で慎重に固め進める意思。

 パチプロや、雀士、賭け師というのはその思考と意思を持っている人のことを言うのだろうと、温泉郷は判断する。ギャンブルにふさわしい立ち位置の存在。それは、常に最善な理論を考え続け、真っ先に目的へと進もうとする強さを持った人間なのだろう。




 ―――さて。



 ここまでギャンブルのことについて語ってきたが、温泉郷が言いたいことは。

 人生とは、ギャンブルだ。

 しかも、人の意思と思考がぐちゃぐちゃに入り混じり、勝つか負けるかも分からないギャンブル。

 そのギャンブルに勝つには、勝つにふさわしい存在になるには、油断なく邁進する思考と意思を持つ、あるいは造らなければならない。

 野球選手なるためには、何となくな思考とこれでいいだろうという意思だけでは、勝つ確率を大きく変動させることができない。
 ボクサーになるためにも、棋士になるためにも、大関になるためにも。

 最適で理詰めな思考。

 それを長い時間を尽くして実行し続ける意思。










 努力。











 これこそが、努力ではないだろうか?

 勝つかどうかも、負けるかどうかも分からない人生に、運という実在しない存在を徹底的に追い詰め、否定し拒絶し続ける行動。

 他人だけを頼る思考。

 根拠のない希望的観測を信じる思考。

 後でやればいいという先送りな意思。

 最後は神頼みな貧弱な意思。

 その思考と意思を持つことができず、作ることもできない人間を、世間はこういうのだろう。

 負け組

 と。



 はてさて。

 たかだか二十年程度しか生きていないアホ間抜けが何を述べているのだと思われるような恥ずかしい文章と内容を書いてしまったが、反感だか反論だかあるいは賛成や称賛が生まれてくれるようなものになったと思っています(穴だらけの理詰めですが)。

 どうかこれを読んでくれた方が、人生というギャンブルに立ち向かうにふさわしい立ち位置に立てることを、

 運という王将を詰め切れる思考と、

 その貫き続ける強固で絶対な意思と、

 満足で幸福な人生を歩める権利を、

 それらをすべて持ち、作り、手に入れることを、

 読んでいただけた方に願いまして。

 これで温泉郷の今回のブログとさせていただきましょう。

 ご愛読、それともご哀読、ありがとうございます。
















 うわ、もうこんな時間!?

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