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脱線

2012.04.03 Tue
どうも西園寺です 1月に書いたような気もするような、しないような。まあいいや。今回は映画の話。そういつだったかなあ命が何チャラってやつを書いてたような期がするなあ、それはさておき今回はこんなこと。
まず「トラトラトラ」という映画を知っているだろうか?
知らない?
じゃあグぐってくれ。まあ簡単に言えば真珠湾攻撃の映画なんだけど。で、中身に関しては文句はない。名作だ。ところがどっこい、売り方がよくない。DVD→DVDコレクターズエディション→ブルーレイここまでならまだいい。なんとあろうことかBDのニューマスターバージョンをBDでてからほとんど間おかずに発売したのだ。これはいったいどうなってるのだ。ニューマスターあんなら最初からBDにつかえってんだ。たしかに古い映画だからあんまり売れないかもしれないけど。でもころころと商品を変えに買えておんなじ人に何枚も同じ映画かわせるのはどうかと思う。
だいたいBD出たときなんか最高品質っていっておきながら、別に高画質版って出すのはどうなのか?購買層馬鹿にしてるのかといいたくなる。
ただしこれはあくまで売り方への文句であって、作品への文句ではない。繰り返すが作品は文句内名作である。作品に罪はない。問題はそれをある意味あくどくあのてこのてで売ってくる、その売り方にある。
おそらくニューマスターもしばらく刷れば廉価版が出るのだろう。
買うならそのときだろうなあきっと。
・・とまあここまではタイトルどおり脱線ということで、こっからが本題。こっから先の文章は「ここ」
に乗せようと思って作りはじめたんだけど、会誌に載せることになって変更して、そしたらなんだかんだあって、それでもって今回はとりあえず冒頭のみを載せることになったという感じの分である。

タイトルは「東日本一周計画」

それは、テストもほぼ終了した2月はじめのこと。いつものごとく家のコタツでトドのごとくゴロンゴロンしていた、そのときのことである。
「そうだ、京都に行こう、そして日本海に乗って青森に行こう」
 どうというわけでもなく、急に、京都に行きたくなったのである。そして大阪から出るブルートレインで青森まで行って帰ってきたくなったのである。こんな計画は前も立てたことがあった。だが、実現には至らなかった。しかし今度ばかりは違った。意地でもこの計画を実行して達成したいと決意した。
そうと決まれば「善は急げ」である。私は早速ルートの策定を行った。全工程5日間にわたる旅行計画。名づけて「東日本一週計画」の始まりである。
ルートはこうである。まず深夜に仙台駅をバスで出発する。バスは半日かけて京都に到着する。到着時刻は7時ごろ。場所は京都駅。その日一日を観光に費やし、ホテルに入る。次の日は、甲陽園のほうを「観光」して、あとはあまった時間は大阪をぶらぶらし、18時の寝台特急で青森に北上する。北上後青森の近代美術館を見学し、三沢の十和田観光鉄道に乗車して、その日は八戸に泊まる。翌日、盛岡を観光して、宮城に戻ってくる。文字通りの一周計画である。
問題となるのは京都観光に当て手ある一日をどう活用するかである。まずはいきたいところをピックアップしてみる。まずは清水だ。だってベタだもの。次は嵐山。これもベタ。つぎにけいおん!(○で隠すのもめんどいんで、隠す必要もないしね)の聖地も行きたい。加えて機関車好きなら梅小路も押さえておきたい。この中から一日でめぐれるルートを作り出す。まず嵐山は消える。だって遠いし。しかし嵐山を除外すれば、何とかいけそうだ。こうしていると欲が深くなっていく。けいおんに出てくるマックにいけないか否かである。調べてみる。場所は修学院駅。地図を思うとありがたいが、修学院は清水から京阪、叡山電車乗り継ぎかなりのとこにある。いってしまったらほかがきついかもしれない。半ばあきらめ、清水周辺と梅小路に絞ったルートとした。それでも問題がある。清水、京都駅間の列車ルートがないに等しいのだ。あってもかなり面倒だ。バスはあるがバスは乗らないことにしている。迷うから。やむをえないがここはあることとした。かくして京都観光計画が作成されたわけだ。だがこの計画は当日ぜんぜん違う方向へと変わっていくのだが、それはまた別の話。
さて計画立案と同時進行で列車の手配を始めた。早速、空席を検索する。博物館の休館日にかぶらないよう検索し、2月16日の寝台特急をとることにした。早速駅に向かう。チケットは緑の窓口で購入した。A寝台が売り切れだったのは知ってはいたが、だめもとで聞いてみた。キャンセルが出た可能性があるからである。しかしそんなに現実は甘くなかった。ただ幸いにして下段のチケットを取ることができた。上段もいいと思ったが、下段を取ることにした。そしてこれが正解だったと、乗ってから気づく事となるのである。さてこのとき買ったのは寝台と特急のチケットだけである。ちなみに料金は特急料金が3150円で寝台が6300円である。これに加えて、該当区間の乗車券も必要となる。ただこのときは学割証がなかったため、乗車券は後日買うことにした。
2月7日
 大学帰りに切符を買うことにした。ルートがルートなだけに、緑の窓口へと向かう。仙台駅出ることも伴って混雑していたが、5分くらいで窓口に至る。
「大阪~古川間、青森経由で」
 学割証を渡しながら言うと窓口にいた若い女の人が目を丸くして、聞いてきた。
「青森経由ですか?」
 無理もない。とんでもなく遠回りをしようとしているのだから。日本海に乗るので、という。
5分ほどかけて、時刻表と地図をにらめっこしながら経由地を設定して、切符を売ってくれたその人は、私が終わった後すぐ窓口を閉めてしまった。無理ないかと思う。
その間にも宿を選定し、もはや行くだけとなった。しかしながら順調と思われた旅行計画はその矢先に、とんでもない不安要素が発生してしまうこととなった。雪である。大寒波が日本列島を襲い。それが日本海側の鉄道運行に影響を与え始めていたのである。このことをすっかり忘れていた。少しずらすべきかと考えた。しかしどこにもずらしようがなかった。運行情報には毎日日本海運休の文字が出た。いざとなれば、京都を観光しようとも思ったが、それでは何のために行ったのかわからなくなってしまうではないか。ひょっとして乗れないのではないかという不安が何度もよぎり半ば気が気でなかった。13日に天候が回復し、日本海が運行されても、その不安は消えなかった。そして、14日を迎えた。
2月14日
 2月14日、夜。ゼミの活動を終えた私は、仙台駅に向かっていた。バスは7時30分に出発する予定で、ついたのは約10分前だった。酒を買いバスに向かう。
 いい忘れていたが仙台発の夜行バスの座席は大きく分けて二つのタイプがある。ひとつは4列タイプで後が3列タイプだ。4列タイプはいわゆる観光バスの類の座席である。最近はゆったり座席という間隔をあけたものが出ているが、ぐでんぐでんに酔っ払わない限り寝ることは期待できない。次に3列タイプであるがこれは本来列の間に通路を設けることでスペースを確保するのみならず、前後間隔が広いため安心してリクライニングができ、足も伸ばせる。そのため料金は4列のそれと比べ高めになっている。私は基本的には3列を使うようにしている。今回も同様である。理由は疲れないから。
 早速バスに乗りこむ。乗って、驚いた。4列と3列がセットのタイプだった。トイレはついていない。便数が少ないため4列と3列をセットにして運行しているようだ。まあしょうがないと思い、座席に向かう。座席には特に何もなかった。私の予想では、アイマスクや耳栓があるのではないかと思っていたが、求めるものが大きすぎたようだ。座席上部には寝る時用のカバーが着いているが、効果は大きくなかった。アイマスクを用意しておけばと手おくれながら後悔する。
 バスは定刻どおり仙台駅を出発した。12時間ほどの旅である。窓の外を眺めようとするが、下が固定されていてなかなか開かない。仕様がなく、隙間から外を見る。バスは賑わいを見せる仙台市外を抜け、仙台宮城インターの入り口へと入っていった。
 それから2時間ほどたった9時、バスは安達太良のサービスエリアに入った。休憩である。このバスにはトイレがないためこのように休憩が設けられているのだ。
 ちなみに安達太良では30分ほどの休憩が取られている。ここで夕食が取られるように多めに時間が取られているのだ。もうすでにバスで夕食を取っていた私はぶらぶらしたのちバスに戻った。なおこれ以後は食事が禁止となる。食事のにおいがバスに充満するのを防ぐためである。
 バスは予定時刻に安達太良を出発した。程なくし、左に方向が変わったように感じた。外を見ると東北道から外れていった。これは予想していたが予想外であった。理想としては太平洋側を南下して、大阪から青森まで日本海側を北上することで文字通りの一周ルートを描きたかった。だが太平洋ルートでは首都高速を通らねばならず、その分値段も跳ね上がる。そのためバスは遠回りでも場熱および北陸ルートを取っているのだ。これで厳密に言う一周ではなくなった。だが持ってしまった船、やむをえないことだ。
 その後寝たり起きたりしながら翌日になることとなる。
2月15日
 寝たりおきたりして、記憶が定かでない。記憶が定かになったときには大津に到着していた。目をこすりながらカーテンの外を見ると外はまだ暗かった。まだ暗いうちに大津を出発した。時刻は6時ごろだったと記憶している。アナウンスではあと30分でつくとのことだった。
 
まもなく、バスは京都に着く。 

予告
2月16日
大阪、梅田駅。阪急列車のその茶色いボディーが平行に幾本と並ぶプラットホームの整然と並ぶその姿はとても有名である。十三駅を出た列車はまもなく梅田構内へと入っていく。幸いにして、このときは全ホームに車両が停車していた。頻繁に列車が出入りする梅田駅において珍しい光景であるといえよう。乗ったのはあいにく最後尾あわてて下車してシャッターを押す。車止めからのショットがほしかったが、走っていったときにはもう列車は行ってしまっていた。それでも梅田駅の雰囲気は十二分に味わえたと思う。
 時計を見る。ブルートレイン発車まではだいぶ時間がある。そこで国際美術館に行ってみることにした。

 ・・・略・・・

 大阪駅の改札を通ったのは、列車入線時刻の10分ほど前だったと記憶している。すぐにホームへと向かう。その途中で夕食を買おうとしたが、あいにく見つからない。そこでひとまずホームに上がってみることとする。大阪駅10番ホーム。日本海はこの駅から発車する。電光掲示板には日本海の文字がはっきりと表示されている。これから15時間に及ぶ長い長い旅が始まるのである。ホームを見回すと他のホームのそれとは異なる賑わいを見せている。誰しもがカメラを持ち、これから来るであろう車体の姿を捉えようと、今か今かとホームの先の夕暮れの世界に向かって仕切りの目を凝らしている。
 ここで少しだけ日本海について触れておこう。寝台特急日本海は、大阪と、青森を結ぶ寝台特急である。現在は24系を用いて運行しているが、かつては「走るホテル」と呼ばれていた20系という客車を用いていた。この区間は新幹線もろくになく、高速バス路線も未発達という状況から、秋田をはじめとする沿線の人々の大阪への移動手段として長年運転されてきたが、24系は昭和40年ごろの客車。さすがに老朽化が目立ってきた。加えて、乗車率がここ数年で急激に減少し、乗車率は4割にまで落ち込んできてしまった。それらが理由となってついに、一時は函館にまで乗り入れていた日本海も今年3月で定期運用が終了するにいたったのである。
 話を戻そう。私は乗車口に荷物を置いた。しかしまだ夕食は買えていない。どうしようかと迷っていると反対側に駅弁の文字が見える。時計ではまだ時間に余裕があった。階段を駆け下り売り場に向かう。予算の都合上から高い弁当は買えない。500円の弁当を見つけ喜びかけたが売り切れとのこと。やむなく安いし肉の多いとんかつ弁当を選ぶことにした。駅弁屋の隣にはキオスクがあった。青森到着は9時ごろ。朝食は用意しなくてはならない。サンドイッチを選びに店に入ると、日本海のグッツが置いてある。あいにく予算がなく買えなかったのが残念である。
 会計をしていると日本海入線のアナウンスが流れた。もうくるのかと、あわてて時計を見た。まだ入線時刻ではない。あらかじめの予告のアナウンスだったようだ。そうだとしても時間はあんまりない。私はすぐ10番ホームへと向かった。
 
ここで終わり。続きはたぶん会誌に・・・載るんだろうねきっと。

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